私たちの「裁判へのアクセス」
コロナ禍での裁判手続について報じる雑誌記事[1]と新聞記事[2]を照らし合わせて読み、筆者は疑問を抱いた。人々の行動が制限されるなかで、日本は裁判手続のオンライン化を積極的に推し進めないのだろうか。
より良い裁判を実現するために、海外の最高裁は素早く対応した。雑誌記事で挙げられている例を見てみよう。アメリカの連邦最高裁判所は電話会議による審理を史上初めて実施した。インドの最高裁判所はあらゆる事件の審理をビデオ会議システムによって行うことにした。そしてイギリスの最高裁判所は、あらゆる証拠を電子データで提出させる運用を開始した。こうした劇的な変化が各国の裁判所に見られるようになるとはこれまで誰も想像できなかったに違いない。
それでは日本の対応はどのようなものか。日本の裁判手続にウェブ会議が導入されたという新聞記事を読んだ人は、海外と同様に日本も裁判手続のオンライン化をただちに行ったと考えるかもしれない。しかし、実はそうではない。国はコロナ禍前から民事裁判手続のIT化を進めてきた[3]。今年の2月から、争点整理の手続という民事訴訟の非公開手続に関して、ウェブ会議を一部の裁判所に予定通り導入した。今後はこのウェブ会議を他の裁判所にも順次導入する見込みである。2023年度には、民事訴訟法の改正を経て、公開の手続についてもウェブ会議を導入する方針である。そして、将来的に、訴状や準備書面などすべての書面をオンライン上で提出できるようにすることを目指している。このような既定路線が前倒しされることはあるかもしれない。だが、コロナ禍の苦境を乗り越えるために抜本的な改革を行い、オンライン化を実現するという見通しはない。裁判手続のオンライン化は、海外諸国と比べると遅々として進んでいないのである。
もしも裁判手続のオンライン化を達成したならば、公正性の確保という問題に正面から向き合わなければならない。コロナ禍のイギリスでは、高等法院の家事部長が、ウェブ会議による審理を退けた。この事案では、地方公共団体が、母親から心理的に虐待されていた児童を保護するために、裁判所に保護手続を開始する旨の申請を行い、ウェブ会議による審理を求めていた。家事部長は、ウェブ会議による審理を行うかどうかは事案に応じて検討すべきことであるとして、ウェブ会議では当事者である母親の言動を十分に観察できず公正性が十分に確保できないことなどを挙げて、ウェブ会議の審理を見送った[4]。児童を保護するためにすみやかな対応が迫られるなかで、裁判所は公正性を重視したのである。審理の公正性とは何かが問われている。
感染症対策を強化しながら「裁判へのアクセス」を充実させるには、公正性の確保に十分配慮しつつオンライン化の拡充に努めることが望ましい。再びイギリスの実践に目を向けてみよう。7月1日、王立裁判所・審判所サービスは、裁判所・審判所による業務の回復に関する見通しを示した[5]。そこでは、家事事件の審理として混合型(一部の当事者は出廷して審理に参加し、それ以外の当事者はウェブ会議によって審理に参加するもの)などを検討していることや、審理のオンライン化に成功している審判所についてさらに効率的な運用を模索していることなどを説明している[6]。従前の業務を元通りに行うことを目標とするのではなく、より優れたサービスの提供を目指す。司法サービスの利用者に最大限の配慮を示すこうした姿勢は、大いに参考になるだろう。
私たちに求められていることは何だろうか。それは、「裁判へのアクセス」を真剣にとらえて、その複合的な要因を多様な視点から分析し、改善策を考えることである。「裁判へのアクセス」の背後にある考えやそのアプローチは国によって異なる[7]。なぜ日本は、行政手続のオンライン化に向けて整備を着実に進める一方で、裁判をアクセスしやすいものにしてこなかったのだろうか。そもそも「裁判へのアクセス」をどれほど重要なものとして考えてきたのだろうか。「裁判へのアクセス」を充実させるには、何をその変化の原動力とすればよいのだろうか。現代社会とたたかっている私たちは、他者への想像力を持ち[8]、考え続けなければならない。
より良い裁判を実現するために、海外の最高裁は素早く対応した。雑誌記事で挙げられている例を見てみよう。アメリカの連邦最高裁判所は電話会議による審理を史上初めて実施した。インドの最高裁判所はあらゆる事件の審理をビデオ会議システムによって行うことにした。そしてイギリスの最高裁判所は、あらゆる証拠を電子データで提出させる運用を開始した。こうした劇的な変化が各国の裁判所に見られるようになるとはこれまで誰も想像できなかったに違いない。
それでは日本の対応はどのようなものか。日本の裁判手続にウェブ会議が導入されたという新聞記事を読んだ人は、海外と同様に日本も裁判手続のオンライン化をただちに行ったと考えるかもしれない。しかし、実はそうではない。国はコロナ禍前から民事裁判手続のIT化を進めてきた[3]。今年の2月から、争点整理の手続という民事訴訟の非公開手続に関して、ウェブ会議を一部の裁判所に予定通り導入した。今後はこのウェブ会議を他の裁判所にも順次導入する見込みである。2023年度には、民事訴訟法の改正を経て、公開の手続についてもウェブ会議を導入する方針である。そして、将来的に、訴状や準備書面などすべての書面をオンライン上で提出できるようにすることを目指している。このような既定路線が前倒しされることはあるかもしれない。だが、コロナ禍の苦境を乗り越えるために抜本的な改革を行い、オンライン化を実現するという見通しはない。裁判手続のオンライン化は、海外諸国と比べると遅々として進んでいないのである。
もしも裁判手続のオンライン化を達成したならば、公正性の確保という問題に正面から向き合わなければならない。コロナ禍のイギリスでは、高等法院の家事部長が、ウェブ会議による審理を退けた。この事案では、地方公共団体が、母親から心理的に虐待されていた児童を保護するために、裁判所に保護手続を開始する旨の申請を行い、ウェブ会議による審理を求めていた。家事部長は、ウェブ会議による審理を行うかどうかは事案に応じて検討すべきことであるとして、ウェブ会議では当事者である母親の言動を十分に観察できず公正性が十分に確保できないことなどを挙げて、ウェブ会議の審理を見送った[4]。児童を保護するためにすみやかな対応が迫られるなかで、裁判所は公正性を重視したのである。審理の公正性とは何かが問われている。
感染症対策を強化しながら「裁判へのアクセス」を充実させるには、公正性の確保に十分配慮しつつオンライン化の拡充に努めることが望ましい。再びイギリスの実践に目を向けてみよう。7月1日、王立裁判所・審判所サービスは、裁判所・審判所による業務の回復に関する見通しを示した[5]。そこでは、家事事件の審理として混合型(一部の当事者は出廷して審理に参加し、それ以外の当事者はウェブ会議によって審理に参加するもの)などを検討していることや、審理のオンライン化に成功している審判所についてさらに効率的な運用を模索していることなどを説明している[6]。従前の業務を元通りに行うことを目標とするのではなく、より優れたサービスの提供を目指す。司法サービスの利用者に最大限の配慮を示すこうした姿勢は、大いに参考になるだろう。
私たちに求められていることは何だろうか。それは、「裁判へのアクセス」を真剣にとらえて、その複合的な要因を多様な視点から分析し、改善策を考えることである。「裁判へのアクセス」の背後にある考えやそのアプローチは国によって異なる[7]。なぜ日本は、行政手続のオンライン化に向けて整備を着実に進める一方で、裁判をアクセスしやすいものにしてこなかったのだろうか。そもそも「裁判へのアクセス」をどれほど重要なものとして考えてきたのだろうか。「裁判へのアクセス」を充実させるには、何をその変化の原動力とすればよいのだろうか。現代社会とたたかっている私たちは、他者への想像力を持ち[8]、考え続けなければならない。
執筆者 和田武士
法学部法律学科 講師
(専門は行政法)
法学部法律学科 講師
(専門は行政法)
〔参考文献〕
[1] ‘Covid-19 forces courts to hold proceedings online’ (The Economist, 14 Jun 2020)
https://www.economist.com/international/2020/06/14/covid-19-forces-courts-to-hold-proceedings-online
[2] 「コロナ禍で司法停滞――最高裁など 期日取り消し相次ぎ検証」(日本経済新聞、2020年7月16日)
[3] 杉本純子「民事裁判手続のIT化」法教460号(2019)51頁、山本和彦「民事裁判のIT化――連載の解題を兼ねて」ジュリ1543号(2020)62頁。
[4] Re P (A Child: Remote Hearing) [2020] EWFC 32 [26] (Sir Andrew Mcfarlane).
https://www.bailii.org/ew/cases/EWFC/HCJ/2020/32.html
[5] ‘Court and tribunal recovery update in response to coronavirus’ (HM Courts & Tribunals Service, 1 July 2020)
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/896779/HMCTS368_recovery_-_COVID-19-_Overview_of_HMCTS_response_A4L_v3.pdf
[6] 注釈[5]の p 6.
[7] 溜箭将之『英米民事訴訟法』(東京大学出版会、2016)第9章「英米民事訴訟のダイナミズム」参照。
[8] 瀬名秀明「パンデミックと総合知」瀬名秀明ほか『ウイルスVS人類』191頁以下(文藝春秋、2020)参照。
[1] ‘Covid-19 forces courts to hold proceedings online’ (The Economist, 14 Jun 2020)
https://www.economist.com/international/2020/06/14/covid-19-forces-courts-to-hold-proceedings-online
[2] 「コロナ禍で司法停滞――最高裁など 期日取り消し相次ぎ検証」(日本経済新聞、2020年7月16日)
[3] 杉本純子「民事裁判手続のIT化」法教460号(2019)51頁、山本和彦「民事裁判のIT化――連載の解題を兼ねて」ジュリ1543号(2020)62頁。
[4] Re P (A Child: Remote Hearing) [2020] EWFC 32 [26] (Sir Andrew Mcfarlane).
https://www.bailii.org/ew/cases/EWFC/HCJ/2020/32.html
[5] ‘Court and tribunal recovery update in response to coronavirus’ (HM Courts & Tribunals Service, 1 July 2020)
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/896779/HMCTS368_recovery_-_COVID-19-_Overview_of_HMCTS_response_A4L_v3.pdf
[6] 注釈[5]の p 6.
[7] 溜箭将之『英米民事訴訟法』(東京大学出版会、2016)第9章「英米民事訴訟のダイナミズム」参照。
[8] 瀬名秀明「パンデミックと総合知」瀬名秀明ほか『ウイルスVS人類』191頁以下(文藝春秋、2020)参照。